2012年5月23日 (水)

沖縄より帰還しました

先ほど、2泊3日の沖縄旅行より戻って参りました。

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詳細は、後日某所で動画仕立てにするつもりなので今は伏せておきますが、沖縄は、長年気に
かかりながらなかなか訪れることができないでいた場所でした。
今回、ちょっとしたきっかけがあって行くことができたのですが、念願がかなって、よかったです。

とりあえず、差し障りない範囲でいくつか報告を。

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首里城です。
琉球王国って、人口や面積からいうと本土の30~40万石くらいの大名と似たようなものですよね?
本土のお城の殿様の間で、こんな派手なのは見たことがありません。琉球の貿易って、そんなに
儲かっていたのでしょうか。

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さて、城内の『鎖之間(さすの間)』では、さんびん茶と琉球のお菓子を楽しめます(300円)。
沖縄のお菓子というと、いまでは「ちんすこう」が有名ですが、琉球王府には160種類からの
お菓子のレシピが伝わっていて、身分の高い人を楽しませたり、中国や薩摩の役人の接待に
使ったりしていたそうです。

例えば、上の写真の左上に写っている「花ぼうる」というものは、南蛮貿易で伝わってきた
クッキーの原型のようなお菓子で、昔は江戸でも好まれていたのですが、いまではこのように
手の込んだ形に作り上げるのは沖縄だけです。本土のお菓子の研究家の方から、送ってくれと
いう依頼が時々来るとか。

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ですが、そんな琉球菓子も、琉球王府が消滅したことや沖縄戦の影響で、技術も記録も散逸・
消失するなどしたため、今ではほとんどのお菓子が作り方が分からないか、沖縄県民でも
多くの方が見たことがないくらい珍しくなってしまったものがほとんどらしいです。

その中にあって、例外的に有名になった「ちんすこう」ですが、これも、元々は菊の形をした
大きなお菓子でした。戦後、菊の型のかわりにアメリカ軍が持っていたクッキーの型を流用して
作ったところ、従来のものより食べるときに崩れにくいと評判がよく、今のような一口大の細長い
形になったといいます。

お菓子ひとつ取ってみても、沖縄の近現代の歴史があらわれているんですね…


あと、首里城内で案内板を掲げているイメージキャラクター、「小禄里之子(おろくさとぬし)
 」というのがいます。
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狙いすぎだろ!ww

と、決め付けるのは、だがちょっと待って欲しい。

どうも、実在の人がモデルらしいです。徳川時代の江戸で踊りか何かを披露して、大変な
美少年と江戸で評判になったとか。昔から沖縄の芸能は東京で人気があったんですね…。


あと、素晴らしかったのが、日本最南端の鉄道である沖縄都市
モノレール・「ゆいレール」です。

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那覇市内から見ると終点・首里の1つ手前、儀保(ぎほ)駅からの眺めです。首里へ向かう丘の
途中の駅ですが、モノレール自体かなり高いところを走る高架線なので、このように駅そのものが
展望台のようで、那覇市街とその向こうの東シナ海を一望できます。

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車両の窓もとても大きいので、赤い屋根や屋上タンクを据えたコンクリート造りの家々が並ぶ
独特の街並みを見渡せます。
本来は地元の方々の生活路線であるにも関らず、観光客にとっては乗っているだけで旅気分を
満喫できる鉄道です。

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さらに特筆すべきが、1日乗車券の扱いです。
他県の鉄道にも1日券はよくありますが、大抵は、『購入したその日の最終列車まで有効』と
いう扱いではないでしょうか?ゆいレールは違います。
『購入してから丸24時間有効』です! 
例えば、夜の飛行機で那覇空港に着いた人が、とりあえずモノレールで市内へ入りホテルに
泊まり、次の朝に首里城をみて、昼からは(中心街の)国際通りへ
向かう、というケースでも、
足掛け2日間であるにも関らず1枚の1日券で済むわけです。

名古屋市交通局にも、「ドニチエコきっぷ」という素晴らしい1日乗車券がありますが、このやり方は
思いも寄りませんでした。発想が柔軟ですねえ。

48時間有効の2日券と72時間有効の3日券もありますので、ご予定に合わせてどうぞ。


とりあえずこんなところです。
沖縄は梅雨時であったにも関らず、3日間とも天気に恵まれ、充実した時間を過ごせました。
また、ホテルやレンタカーが安い時期を見計らって訪れてみたいです。

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(へちまの味噌煮、ごはん・味噌汁付き 650円)

ただ、いまは詳しくは触れませんが、沖縄の名所旧跡は、1つ1つがとても深い。他所のように、
駆け足でどんどん見てまわるということが、わたしにはできませんでした。いつも電車やバスばかり
使うわたしには珍しく今回はレンタカーで回ったのですが、到底時間が足りず、見ておきたかった
場所がいくつか行けずじまいになったのが心残りです。

今度沖縄へ行く時は、事前にもっと勉強してからにします。それが最大の教訓ですね。

2012年4月17日 (火)

【スイセン】 やっと咲いた 【チューリップ】

以前、芽を出したお知らせをした、わが家のスイセンとチューリップ。よそより遅れに遅れを
取りましたが、やっと咲いてくれました。

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両方とも、白い花だったんですね。
本当にね、会える日をずっと待っていましたよ…。

2012年4月12日 (木)

【安城】【豊田】【幸田】 三河・春めぐり

今日は仕事は公休日。レンタカーを借りて、練習がてら走り回って来ました。
車の運転は、実に5年ぶりくらいです。

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車種はワゴンR。ひとりなのでこれで十分、というより、運転ヘタなので、馬力のある大きいクルマは
怖いですw これがいちばん。
しかし、軽自動車といえど、うっかりしてるとすぐスピードが出過ぎてしまいますね。安全第一。


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まずは、安城市の、『安城産業文化公園・デンパーク』へ。5月6日まで、フラワーフェスティバルが
開かれています。

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大温室では、いまは、アジサイの仲間を中心に、いろいろと咲いています。

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これもアジサイの仲間だそうです。『コンペイトウ・ブルー』という、日本産まれの品種だとか。

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こちらは、『ホワイトガーデン』といい、その名の通り白い花ばかり集めたスペースです。
今は、アジサイやマーガレット、水仙などが見ごろでした。春真っ盛りに、雪の花が咲いたよう
ですね。

デンパークは、かつて荒地が多かった安城周辺に用水が通り、デンマークのような豊かな農業と
酪農が営まれる土地になることを目指して開発に努めてきた歴史にちなんでの命名だそうです。
いまや、県別で愛知県の農業出荷額は全国6位。花きにいたっては1962年以来ずっと全国1位を
保っています。 http://www.pref.aichi.jp/0000024317.html(愛知県庁)
決してトヨタと信長・秀吉・家康だけでは語れない、尾張・三河のもう1つの顔がうかがえますね。


さて、次に、豊田市御船町にある、小さな駅を訪ねてみました。

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名鉄三河線・三河御船駅です。
と、言っても、ここには列車では来られません。2004年4月1日をもって三河線猿投~西中金間が
廃止となり、この駅も廃駅になりました。

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写真の真ん中あたりですが、残されたレールが、フェンスで仕切られているのがおわかりでしょうか?

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それでも、この駅の桜は、地域の人たちから大事にされ続けているのでしょうね。列車は何年も
来なくても、今年も変わらず咲き誇ります。

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廃駅を 抱いて今年も 桜咲く


しかし、この駅、一度列車で来てみたかったなあ…

http://g.co/maps/ehn7q (googleマップ:この駅の位置へのリンク。豊田市御船町山屋敷。
愛知県道348号線・運動公園東交差点のすぐ東側。)


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さて、最後に立ち寄ったのが、幸田町にある、
『瑞雲山・本光寺』です。
このお寺、「三河のあじさい寺」として有名だそうで、6月にはこの山道の両側にアジサイが咲き誇る
そうですが、他にも、四季折々の花を楽しめるお寺です。

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今回の目当ては、この椿です。約400種5000本とうたわれる数の椿が、お寺の山の斜面一面に
植えられています。

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ただ、結構斜面は急で、前日の雨もあって足元はぬかるんでおり、訪れるならそれなりの覚悟が
要りますね。すこし時期が遅かったようで、全般に花が落ち果ててしまった木が多かったのが
残念でした。

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それでも、この通り、いくらかは健在です。来た甲斐はありました。

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土地のライオンズクラブや、ガールスカウト・ボーイスカウトが管理に関っているようで、今でも
こうして新しい苗木が植えられ続けています。将来も、この椿園は安泰ですね。


久々の運転で大いに疲れましたが、愛知の春を満喫できた1日でした。
今日は、150kmくらい走ったでしょうか。高速道路から狭い宅地の道まで走れて、よい稽古に
なりました。
いまの仕事と生活スタイルを続ける限り、クルマに乗る機会はさほどないとは思いますが、
セイフティドライブ、エコドライブを心がけたいものです。

2012年4月11日 (水)

2012年春 今年も桜咲く

近所にある、豊明市・三崎水辺公園です。240本の桜が、今年も咲き誇りました。
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こういう場所が自宅から徒歩5分の場所にあるのはありがたいですね。
ここを通り抜けると図書館や、スーパー、よく行く花屋さんなどがあったりして、日常の通り道です。

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(↑これは、昨年2011年の様子です)
このように、豊明市内と近隣の人々が集まり、花見の宴を催しています。名古屋城や鶴舞公園と
違って、広くは知られていませんが、地元の市民のみぞ知る穴場です。

桜は、こうして普通の市民が料理を持ち寄って花見を楽しむこともできます。あるいは、野宿者が
空き缶やダンボールを集めて稼いだお金で買ったコップ酒を片手に公園の桜を眺めても許されます。
一方、お金持ちや土地の旧家が、どこかで豪奢な観桜の宴を催すこともあるでしょう。
苦境にある人が桜を見たという理由で生活保護を切られることもないでしょうし、社会的地位の
高い人が桜を見るなど恥ずかしい、ということもありません。経済力や階層に関らず、みんなが
思い思いに楽しめる文化が古くから脈々と伝わっていることは、本当に素晴らしいことだと思います。


そんな桜、日本人だけでなく、外国の人たちにも人気のようです。豊明の公園でも、藤田保健
衛生大学への留学生でしょうか、他国の方らしき人たちも見受けられます。

http://www.j-cast.com/tv/2012/04/06127985.html?p=all
中国人ツアー「人気はお花見」家電の秋葉原よりまず上野公園

東京の話ですが、こんな記事もありますね。そういえば、4月末の飛騨高山などでも、中国の
方はよく見かけます。

かつてこの国の大幹部たちが、桜の散る様子さえも人の死に見立てて戦死を美化し、兵士を
死地に送り込んできた嫌な歴史があります。
でも今は、そのころ戦っていた中国の人たちも豊かになって、春の日本へ来てくれて共に桜を
素直に愛でることができる。平和で豊かな、よき時代です。
韓国でも、ひと頃は桜は日本軍国主義の象徴だとか言って、ほとんど切り倒してしまったそう
ですが、その後考えが変わったようで、いまでは鎮海市など、34万本もの桜が咲き誇って
いるそうです。(吉野山は5万本)http://www.wastours.jp/note/20050303.html (世界一の花見 
韓国・鎮海へ)

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戦後六十有余年かかりましたが、ソメイヨシノが東アジア共通の平和な春の花になれたのなら、
大いに結構なことです。

2012年3月26日 (月)

【あと1基】 素直には喜べぬ

東京電力・柏崎刈羽原発6号機が定期検査に入り、発電を停止しました。これで、国内で稼動して
いる商業発電用の原子炉はあと1基
、北海道電力・泊原発3号機を残すのみとなったそうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120326-00000002-jij-bus_all (yahoo!ニュース)

Twitterをのぞくと、『あと1基、あと1基、イッキ、イッキ!』と、飲み会の掛け声のように盛り
上がっている人たちもいるようですね。
http://goo.gl/iDGZH (『あと1基!』でツイート検索した結果)

しかし、わたしも脱原発派としてはいっしょに騒ぎたいところなのですが、現状では
あまり素直には
喜べません。



仮に、このまま一気に脱原発を推し進めたいのであれば、代替電源はどうするのか?市民はどんな
協力をすればよいのか?(例えば、どの程度節電するのか、どの程度電気料金値上げを受け
入れることになるのか?)
廃炉の作業をどう進めるのか?原子炉の残骸や核燃料をどう始末するのか?
そういった、
今後の見通しが脱原発勢力から示されていません。

と、他人事のように言いましたが、わたしにもそれを示せません。
企業や市民がどの程度節電に耐えられるのか、これから先、電力需要の動向がどうなるのか、
まるで読めないからです。
また、地熱はじめ、新エネルギーがどの程度ものになるのかも分かりません。出光興産などが
地熱発電のプロジェクトに乗り出すそうです
が(日経新聞)、8年かかって原子炉1基の4分の1の
発電量とのこと。期待は大いにかけていますが、どこまで伸びるか…


さて一方、いまの状況はあくまで一時的なもので、今後とも原子力利用を維持、推進したいのが
官庁や業界の本音でしょうか?

それならそれで、安全対策はどう進めるのか?2月22日付け朝日新聞朝刊1面掲載の記事に
よると、中長期安全対策の進展具合は事業者によってバラバラのようです。
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また、地元自治体から再稼動の了承を取ろうにも、一部報道によれば、『地元とはどこか』という
範囲の設定すらあやふやな状況
のようです。 (msn産経ニュース)
現在衆議院で審議中の、『原子力の安全の確保に関する組織及び制度を改革するための環境省
設置法等の一部を改正する法律案』
 (衆議院HP) では、原子炉は原則40年で廃炉、ただし、
1度だけ最長20年の延命を認めることができる、となっています。(『核原料物質、核燃料物質
及び原子炉の規制に関する法律』の改正

しかし、
今後とも数十年にわたって原発と付き合っていく前提での準備は、あまり捗っているようには
見受けられません。



要するに、防災工事が終わるまでという前提で営業運転を止めている浜岡などを除いては、
現状では定期点検に伴う運転停止がダラダラと引き延ばされているだけで、
先々どうするか、
しっかりした計画に沿って進んでいるようには思えない
のですよ。
この状況は、原発擁護・推進派の方はもちろん、
脱原発を望む人たちにとっても、決して好ましく
ない
はずです。
なんとなく原子炉が全部止まって喜んでいたら、夏に電力不足に見舞われて、
「ごめん、やっぱり
原発動かして」などと電力会社に泣き付く事態にでもなったら、日本の脱原発はそこでオシマイ

でしょう。

震災から1年にもなります。
推進派の方も反対派も、自分の生活や仕事を安心して営みたいという気持ちに違いはないはず。
それが、相変わらず先行きには不安しかありません。

わたし個人レベルでは、さしあたっては、さらなる節電・省エネを考えるとしますか。

2012年3月 3日 (土)

渥美半島菜の花まつり(愛知県田原市)

愛知県の東南部、渥美半島の田原市で、「渥美半島菜の花まつり」が開かれています。
http://www.taharakankou.gr.jp/rekisi_kanko/event/event1.html

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渥美半島の付け根にあたる豊橋の駅でも、このような飾りがなされ、祭りへと誘っていました。


本来の主会場は、渥美半島の先端にある伊良湖岬に程近い『伊良湖菜の花ガーデン』と
いうところらしいのですが、今回は時間の関係で、もう少し手近な菜の花畑を訪れてみました。

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田原市加治町の菜の花畑です。

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田原市では、「田原菜の花エコネットワーク」というNPO法人が、市内各所の遊休農地等を活用
して、このような菜の花畑を作っています。その中でもここ加治町の畑は、約9000平米と最大の
面積を誇ります。(もっとも、
伊良湖菜の花ガーデンはその何倍も広いのですが。

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例年は、この地域では2月のうちに菜の花の見ごろを迎えるそうですが、今年は冬の寒さが
厳しく、かなり遅れていまになったようです。
よく晴れた暖かい日で、うららかな日差しの下で花から花へアブが飛び回る、のどかな様相を
見せていました。

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敷地の中は、このように平坦で、雨上がりでぬかるんでさえいなければ、足の弱い方でもそう
苦にはならないのではないでしょうか?
国道259号線(田原バイパス)沿いにあり、アクセスはいいのですが、駐車場が10台分程度しか
ないのが難点ですね。できれば、JR・名鉄豊橋駅から豊橋鉄道渥美線とバスを乗り継いで
行きたいところです。
加治町の菜の花畑は、三河田原駅から10分少々の『農高前』バス停が
最寄りで、そこから徒歩10分弱で着きます。(地図⇒http://yahoo.jp/24Vu5m) 
豊橋鉄道は渥美半島の菜の花を売り込むことに力を入れているようで、あちこちの駅にも小さな
菜の花畑をつくっているのが微笑ましい点です。土日は自転車を積み込めるサイクルトレインを
運行していますから、サイクリングがお好きな方にもおすすめですね。

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この菜の花、必ずしも道楽で植えられたわけではありません。
菜の花プロジェクトネットワークという、滋賀県にルーツを持つグループがあり、田原のNPOも
それに参加しています。菜種から油を取り搾りかすは飼料・肥料として利用し、さらに家庭から
その廃用油を回収して軽油代替燃料として活用したりせっけんにしたり、といった資源循環
サイクルの構成と、遊休農地の有効利用、荒廃防止を目指す取り組みなのだそうです。
田原市は、地域資源を活用して環境と共生する豊かで持続可能な地域づくりを目指す「たはら
エコ・ガーデンシティ構想」
を打ち上げており、この取り組みもその重要な一環として位置づけ
られているようです。

まあ、経済性の問題もあり、そう理想通りにはいかないでしょう。サラダ油も洗剤も、スーパーや
ホームセンターで買う方がずっと安いはずですから。
それでも、地方の小さな街と、そこに暮らす市民とが、自分たちの街のスタイルを自ら描いて
積極的に行動していることには敬意を表さずにいられません。なかなかできないことです。

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少なくとも、そうした地域のパワーが、早春の愛知を美しく彩ってくれているのですから、それは
素晴らしいことです。


愛知も、この田原の菜の花を皮切りに、これから月ごとに次々と咲き始める花のローテーションに
入ります。自宅にこもってネットばかりしていないで、この季節を大切に過ごしたいものです。
 

2012年2月17日 (金)

春の息吹

まだまだ寒い日が続きます。

名古屋でも、雪の予報こそ出ていませんが、2月19日は予想最低気温-4℃とか。また先日の
ようにうちのアパートのドアが凍りついたりしなければいいのですが。

そんな中にも、春は確実に近付いています。

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昨年末に植えた水仙の球根、やっと芽が出てきました。
もう2ヶ月以上も経ち、ひょっとして腐って土に還ってしまったかと思いながらも水をやり続けて
来ましたが、生きてましたね!
他所より遅くても、小さくてもよい。自分なりの花を咲かせて欲しいものです。

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ミシェルティエラ(ミニ菊)も、地上部がすっかり枯れ果てていましたが、新しい芽を出しました。
小さくても、ちゃんと菊の葉らしい形をしていますね。

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わがベランダ花園も、気がつけばずいぶんと手狭になりました。
6畳2間の平屋でいいから、庭のある家に住んでみたいですw

2012年2月13日 (月)

さよなら原発1000万人アクション 脱原発集会をハシゴ

(※緑色の文字は、わたしでない方の発言の要旨を引用したものです。)



2月11日に東京、翌12日に静岡と、「さようなら原発1000万人アクション」の集会に相次いで
参加してきました。

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再三述べているように、わたしは、
「暫定的かつ限定的な原発の維持はやむを得ない」かも
しれない、という立場であり、全ての原発の即時・全面・永久停止を求めるこうした団体の
人たちとは、いくらか考えが異なります。そのため、なかなかこうしたイベントに参加する
気になれませんでした。
しかし、将来的な理想像では重なる部分もあり、原発推進勢力に対するカウンターバランス
ということも考え、
『小異を捨てて大同につく』必要があると思われます。
また、彼らがどんな活動のしかたをしているのか、実際にこの目で確かめてみたいという
気持ちも抑えがたく、思い切って飛び込んでみました。


ただ、行ってみて思ったのは、「これは、
気軽に参加して下さいと言える雰囲気でないな」という
ことです。

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メインステージの周辺は、労働組合などの幟を掲げる団体の人たちで埋め尽くされ、わたしの
ように個人で参加したと思しき人たちは、遠巻きに見守るしかありませんでした。
まあ、この幟は、人が多いですから、仲間がはぐれないようにするための意味もあるんで
しょうけどね。せめて、主だった人たちの演説が始まってからは、降ろして欲しいですね。

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大江健三郎さんがスピーチなさってるんですけど、わかります?旗や幟の林の隙間に、
小さくお姿が見えるだけでした。
主催者側が再三にわたって、旗をおろすように要望して、ようやく半分くらい降ろされて
いましたが。

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よく知られていることですが、こういった、主題と直接関係ないアピールをしている人も多い
ことが、現場で確認できました。それが、こういう場に慣れていない人にとって、この集会を
敷居の高いものにしているように思われます。実際、わたし自身、なかなか参加に踏み切れ
ませんでしたしね。

昨年9月の大会では6万人も集まったそうですが、今回は主催者発表で1万2千人とのこと。
半年で8割減です。何が原因でしょうね?


とはいえ、興味深いお話を、いくつか聞けました。

澤地久枝さん(ノンフィクション作家)

「日本は、自分たちで起こした事故の始末も付けられないくせに、原発の技術を他国へ輸出
しようとし続けている。無責任だ。」

同感です。

もし、東京電力があの地震を見事乗り切り、放射能漏れなど起こさずに原発を守り抜いて
いたならば、今ごろわたしはこう思っていたかもしれません。「日本の原子力運用ノウハウと
危機管理能力は素晴らしい。これを武器に世界相手に儲ければいい!」と。
しかし、現実はそうではありませんでした。彼ら(日本の原子力関係者)に、そんな能力は
なかったのです。
能力がないなら、それなりの行動を取らねばなりません。身の丈にあった
振る舞いをしなければなりません。
この期に及んで原発の輸出など、身の程をわきまえていないと言わざるを得ないでしょう。

永山信義さん(福島県平和フォーラム)

「原発被災地をゴーストタウンと表現した大臣がクビになったが、実態を率直に表現した
だけの人が地位を追われる一方、この事態の原因を作った人たちがどんな責任をとったか?」

あの発言はいささか無神経かな?と思っていたのですが、地元福島県(と言っても、浜通りで
なく郡山の方だそうですが)の方の中にも、こういう意見の方がいるのですね。

 
菅野正寿さん(NPO法人福島県有機農業ネットワーク理事長)

「有機農家にとってとても大切な落ち葉や稲わらなどがひどく汚染されてしまったが、福島の
土壌は粘土質で、作物にセシウムは移行しにくい。」

う~ん、これは本当なんでしょうか?
「果樹類やきのこ類は、残念ながら高い数値が出ている。」
そこは認めますか…
「しかし、コメについては、95パーセントが100ベクレル/kg以下だ。」
100ベクレル/kgは、日本の暫定基準では合格ですが、ウクライナの基準に照らすと、
かなり高い数値
ですね…
福島県の地元でも、県内産の食品は極力子どもには食べさせないようにしている方も
いると聞き及んでいます。このあたり、
売らなければいけない生産者の目線よりも、現地の
消費者がどう考えておられるかが、この大会ではわかりませんでした。
避難者15万人、
うち県外避難者6万人といっても、200万県民の大半は元々お住まいの地域に残り、日常を
維持しておられるはずですからね…

「福島の農民を加害者のように言うのはやめてくれ。」
これは、その通り。
加害者は東京電力です。

山本太郎さん(俳優)
佐賀の県庁で何かなさったとか聞こえてくる方ですが…

「建国記念の日ですって。ここに集まった皆さんこそ、この国を本当に愛していますよ。」
愛国心などと、大仰なつもりはないのですけどね。まあ、これは、原発を推進してきた、『保守』を
標榜する人たちへの皮肉でしょうか?
この会場には、労組や、いろんな団体の旗が林をなしていましたが、わたしがみた限り、
日の丸は1枚もありませんでした(←当たり前?)。

『皇土を放射能で穢し、恐れ多くも御宸襟を悩ませ奉る者は国賊だ!』とか言う右翼さんは
いないんですかね?
(まあ、いてもここには来ないだろうなー。いかにもな左翼色を薄めないと、
幅広い連携は難しいと思う。)

「震災ガレキは広域移動するよりも、本当は地元に近いところに処理プラントを作り、地元に
雇用を生むべきだ。」

なるほど。ガレキの問題については、放射能汚染の問題があるのか否かにばかり意識が
向いていましたが、地元の雇用創出という点は考えが及びませんでした。わざわざ輸送費を
かけて遠くへ持っていくより、可能であるならその方がよさそうですね。

(2012/2/19追記: と、思ったのですが、地元に新しくプラントを作っても、震災のガレキが
なくなったらそのプラントは仕事がなくなってしまいますね…。やはり広域に既存の廃棄物
処理プラントを頼る方がマシなのでしょうか?)

それが可能か、そのための適地が東北にどれほどあるか、そのあたりはよく調べる必要が
あるでしょうけれども。

藤波心さん(タレント・15歳)

「『食べて応援しよう』などというのは、無責任なキャンペーン」
これは驚きました!
地元福島の農民の目の前で、言い切りましたよ彼女は!大した度胸と
しか言いようがありませんね。
わたしとしては、故郷高知でも今いる愛知でも、もともと福島産の農産物を口にする機会は
あまりなかったこともあり、『福島の農産物を選んで食べることも、あえて排除することも
しない。』という方針でおりますが、さて、誰が正しいのか…?


皆さんのスピーチが終わってからは、パレードに参加しました。

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参加者は二手にわかれました。わたしは、会場の代々木公園から、原宿を抜けて千駄ヶ谷
方面の国立競技場を目指すグループにいました。(と、言っても、東京の地理は少しも
分からないので、どこをどう歩いたのやら…)

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パレードでは、いかにも運動のプロと感じさせるようなプラカードやゼッケンばかりではなく、
このような参加者の思い思いのメッセージも見受けられました。

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パレードというので、もっと道いっぱいに広がって歩くものかと思いましたが、片側3車線の
うち左端1車線のみ使い、警察の誘導に従って大人しく進んでいきます。欧米ではどうか
知りませんが、日本、それも東京の道路事情では、そうせざるを得ないでしょうね。
それでも、これは面白いです。
本来クルマしか通れないところを、合法かつ平穏なかたちで、
思い思いのアピールをして、道行く人に注目されながら進んでいくのは、なかなかに得難い
体験
です。こういう運動にハマる人の気持ちが、少し分かった気がしました。
ただ、商業地ではともかく、マンションの立ち並ぶような地域では、鳴り物は控えるなどの
配慮も必要だと思います。
沿道の人の反感を買いすぎては、元も子もないですから。


明けて、翌12日、今度は、静岡市の常盤公園で開かれた、
「さよなら原発1000万人アクション
東海ブロック集会」
に参加しました。

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こちらは、もう完全に労組主体、それも、自治労や教職員関係の公務員労組ばかりが
目立ち、幅広い市民の運動とは言い難いように見受けられました。
写真は撮れませんでしたが、ある2人組が
交通費や食費といった明細表が貼り付けられた
封筒をやり取りしている
ところも目撃しました。
綺麗ごとだけではやっていけないのが現実のようですね。
別に、
労働組合がいけないと言っているのではなくて、のぼり旗を押し立てて、いかにも
特定の層が主体でやっています、という雰囲気を出しすぎると、わたしのような、組織に縁の
ない人間には、敷居が高くなってしまうと思うのですが。

とは言え、大都市圏以外のそうそう人を集められない地方で、ある程度頭数を揃えて
デモンストレーションをしたければ、こういう組織が人をよこしてくれるのは、確かに有難い
ことなのだろうというのは、わたしにも分かります。この人たちが、大切な担い手なのでしょう。

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浜岡原発を抱える静岡県ですので、同原発の廃炉を訴える発言が繰り返しなされました。

ちょっと疑問が残ったのが、福島から秋田へ子連れで避難、移住されたという
お母さんの
スピーチです。
「福島にいたときは、首のコリや湿疹といった『放射線障害』に悩まされたが、
秋田へ移って1ヶ月ですっかりよくなった。もう福島へ戻る気はない。」
とのこと。
う~ん、それが本当に放射線障害なのか、そうだとして、放射線障害というのは1ヶ月や
そこらの転地療養で完治するものなのでしょうか?そのへん、わたしには判りかねます。
とはいえ、20km圏内等は当然として、その他の地域でも避難が必要なのかどうかについては、
いろんなことを言う人がいて、誰を信じてよいか分からない状況である以上、とりあえず
逃げておくというのも、ひとつの判断として尊重されねばならないかな、とは思います。無論、
残る決断をした人たちについても同様であることは言うまでもありません。




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このあと、こちらでもデモに移ったのですが、静岡県警の方々は、東京警視庁よりずっと
きめ細やかなケアをして下さいました。10mおきくらいに警察官が横に張り付き、クルマが
来たり、歩行者が横切るたびに注意を促してくれます。
一部、それを疎む人もいましたが、大半の参加者は概ね受け入れ、平穏のうちにデモは
終了しました。

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静岡県警のみなさん、お疲れさまでございます!



こうした集会やデモに参加したのは、初めての経験でした。
この手の運動の良いところ、疑問に思うところ、そうしたことを、ネットなどでの聞きかじりで
なく、実際に自分の肌で感じることができたのは、とても有意義な体験でした。
ネットでぶつぶつ言っているばかりな日々に飽き足らなくなっていました。「行動する市民」に、
少しは近付けたでしょうか?
今後とも、自分にあったかたちで、身体を動かしてみたいと思います。

2012年2月 6日 (月)

原発問題に関する見解 ━電力会社に『疑の一字』を━

最近、ツイッターや現実の人間関係において、原発の問題に関して人様と意見が対立する
機会が増えてきました。

わたしは、当ブログでもツイッターでも繰り返し述べていますが
(即時全面停止を主張すると
いったような)
単純かつ極端な反原発論者ではありません。
 
一方で、
『反・反原発』とでも呼べる無批判な原発擁護にも与しません。

わたしは愛知県民ですので、
中部電力エリアを例にとって考えてみます。
昨年5月、浜岡原発が停止させられて以来、中電エリアでも電力不足が懸念されてきましたが、
昨夏は8月が極端な猛暑にはならなかったことと、トヨタグループをはじめとする製造業等の
節電協力もあり、なんとか停電という事態には至らずに乗り切れました。今冬も、厳しい情勢では
ありますが、それでも、東北電力等の他の電力会社に電力を融通する余裕を見せていると
漏れ聞こえてきます。

しかしながら、老朽化著しい武豊火力発電所など、
火力発電設備への負担はその分大きく
なっています。
また、
突然の故障などあった場合、これ以上対応できないのではないかと心配する声も
聞かれます。
実際に、他の電力会社の例ですが、九州電力・新大分火力発電所では、先日(2月3日未明)に
緊急停止するトラブル
が起きています。
こうした事情をも踏まえると、
今夏も昨年同様に乗り切れるか否か、予断を
許しません。

トヨタの労組が、今夏は昨年のような勤務体系を大幅に動かすようなかたちでの協力はもう
できないと表明している
ことも考慮すると、なおさらです。


わたしが原発を嫌うのは、少しでも安心して暮らせる日本であって
欲しいから
です。それなのに、反原発に固執した結果、停電になっては、
本末転倒です。

わたしの願いとしては、浜岡原発はこのまま動かさないで欲しいですが、それでも、

どこかの時点で再稼動を決断するのも、やむを得ない
と言うか、ひとつの
賢明な選択肢かもしれません。


しかし、
だからこそ、原発と電力会社には世論の厳しい目を向けるべき
だと思うのです。


(ここからは、中電エリアの問題にとどまらず話をします。)


2011年3月11日以前の日本において、原発建設の動きに対しては、各地で反対運動が繰り
返されてきましたが、それは大まかに言って個々の地域の運動に留まり、原発に批判的な
言説・行動をとる人は、
全国レベルで多数派とは言えませんでした。(あるいは今も?)
もんじゅ問題や、JCO臨界事故といったかたちで、日本の原子力の危うさを示すシグナルは
繰り返し発せられていた
にも関わらず、CO2削減などの様々な名目で原子力利用が推進され
続けてきました。
Wikipediaによると、『
全国電力関連産業労働組合総連合は、「原子力発電は、議会制民主
主義において国会で決めた国民の選択。もし国民が脱原発を望んでいるなら、社民党共産党
伸びるはずだ」(内田厚事務局長)と原子力行政を擁護し、脱原発論に反論した』とのことです。
選挙での投票行動は原発の問題だけを指針にして取られるわけではないので、この意見は
全面的には正しいとは言えませんが、一面では真実を示しているのでは?

わたし自身も、日本の電力会社と原子力利用関係者を概ね信頼していた(と言うより、
さほど関心がなかった)口なので、
これは自己批判でもあるのですが、わたしたちの
無批判の果てに、福島の事件がある
わけです。

例えば、太平洋岸の原発なのに、非常用発電装置をアメリカのやり方を40年間無批判に
踏襲して地下に置き続け、結果、津波で水に浸かったこと、
また、そのアメリカでは全電源喪失の
事態を30年前から想定していた一方、日本では無視されていたこと。
いずれも、日本でも
知っている人は知っていたのでしょうが、結果として、3・11まで、誰も何も変えられませんでした。

原発を即時全基停止してよいのであれば、その後も廃炉の作業と廃棄物の処理という
難問がありますが、まだよいです。
しかし、
今後とも当面原発と付き合うなら、無批判ではいたくありません。

例えば、前述した2月3日の新大分火力発電所の緊急停止に伴い九州電力が中電などから
緊急融通を受けた件について、九州の電力危機を訴え、玄海・川内両原発の早期再稼動を
求める声
がツイッターで聞かれました。
九州のことですので、最終的には地元の方々の考えが尊重されて欲しいですが、あえて
余所者にコメントを許して頂けるなら、いささかの疑問があります。

大分の件は、配管にたまった水が凍結したことが原因と九電が認めています。
(ソース:大分合同新聞) 
厳寒期におけるパイプの凍結防止などということは、発電所特有の特殊な課題とは必ずしも
言えない問題ではないでしょうか?
キツイ言い方になりますが、九電がその程度の対策も満足に取れない企業であることへの

批判を欠いたまま、原発再開を切望する態度には、遠い土地のことながら、危うさを感じます。


ブログやツイッターでぶつぶつ言っていてもオヤジの繰り言でしかないわけで、これからどう
しようか、いま悩んでいるところです。愛知県でも脱原発関連のイベントはあるようですが、
わたしとは考え方がかなり違うようですし、参加に積極的になれません。

ただ、以下のようなことを基本に据えたいと思います。
わたしの故郷・高知の人で、明治の自由民権の活動家、植木枝盛という人がいます。
その植木が、「世に良政府なる者なきの説」(1877年11月)という文章の中でこう述べています。


「人民にして政府を信ずれば、政府はこれに乗じ、これを信ずること
厚ければ、益々これに付け込み、もしいかなる政府にても、良政府など
いいてこれを信任し、 これを疑うことなくこれを監督することなければ、
必ず大いに付け込んでいかがのことをなすかも斗り難きなり。故に曰く、
世に良政府なしと」


政府電力会社あるいは『原子力業界』置き換えれば、あとはそのまま
今日の原発問題に通用しそうです。

そして、彼はその文章の終盤でこう述べます。

(必ずしも皆がみんな政府に立ち向かえとは言わないが、そうしないならせめてこうして欲しい。)

疑の一字を胸間に存し、全く政府を信ずることなきのみ」

疑うということ。これこそ、今まで不足していて、これから必要なことだと思っています。


長文にお付き合い頂き、ありがとうございました。




※植木枝盛関係の記述については、こちらの水島朝穂さんの文章を参考にさせて頂きました。

2012年1月 4日 (水)

初詣

明けましておめでとうございます。

世間様は、昨日3日までがお休みという方も多かったでしょうが、わたしの職場は、特に正月休みと
いうものはありませんでした。
そんなわけで、昨日、今日と平常通りの公休日で、今日あたりそろそろ神社も空いてくるころかと
思い、初詣をハシゴして来ました。


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まずは、名鉄電車で、愛知県豊川市にある豊川稲荷へ。わたしの住む豊明市からは、乗り換え
なしで直行可能です。

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思ったより、混んでいましたが、まあこのくらいでないと寂しいですよね。

お孫さんと思しき小さい子を連れた年配の方が多かったのが印象的でした。そういった方も、一番
混雑する3ヶ日は避けて来られるんでしょうね。


参拝を済ませて、参道のお店でお昼を食べたのですが、こんな新聞が置いてありました。

Dsc_0333

東愛知新聞。愛知へ来て7年になりますが、愛知に中日新聞以外の日刊紙があるのを、
初めて知りました。
まあ、人口75万のわたしの出身地・高知県にも立派な地方紙があるのですから、それより
人口の多い東三河に地方紙があっても、不思議ではないですよね。
東愛知新聞トップページ
普段訪れない土地では、その土地の地方紙を読むと面白いですよね。


さて、再び名鉄電車で名古屋市内へ戻り、今度は熱田神宮を訪れました。

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もう夕方近かったので、だいぶ人出は減っています。

Dsc_0337

熱田と伊勢のコラボですかww
まあ、熱田さんも日本神話とゆかりのある神社ですし、ね。

近々帰省する予定なので、土産にお守りを買い、あと、絵馬も吊るしてきました。

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わかる方だけ笑って下さいw


時折みぞれが降る寒い日でしたが、人並みに正月気分を味わえて、行ってよかったです。

あと、写真を撮り忘れていたのですが、あちこちで菜の花が咲いているのが電車の車窓から
見えたのが印象に残りました。
今度は、渥美半島の菜の花まつりへも行きたいですね。


余談:ところで、豊川でも熱田でも、警察の皆さんが警備に出張っていました。

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寒い中お疲れ様です、と言いたいところなんですが、これ、政教分離という点からは、どうなの
でしょうね?
初詣という、神社のかきいれ時のイベントに公権力が協力するのはおかしいと考えるか、
あるいは、単に人ごみがすごいから警備に来ているだけで、商店街やスポーツ会場を警備する
のと同じである、ただ宗教関係というだけで警備対象から外すほうが不合理だ、と考えるのか、
その辺、どっちが正しいんでしょう?

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